<東日本被災地視察交流会>~雄勝ローズファクトリーガーデン視察編

『旧大川小学校』からバスで15分、雄勝(おがつ)地区にある『雄勝ローズファクトリーガーデン』に着きました。

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雄勝地区には、リアス式海岸の雄勝湾があり、漁業が主な産業となっています。この地区は面積の約8割を山林が占めており、その他の平地を漁港、商業地、住居地としていました。あの日、湾の入口だけでなく、ほぼ全域が津波に襲われ、200人以上の方が亡くなり(行方不明の方も含む)、また、建物の約9割が壊滅的な被害にあいました。

『雄勝ローズガーデン』は、ここでご家族を亡くされた徳水利枝(りえ)さんが、花を植え始めたことから始まりました。徳水さんの実家があったこの集落は、震災直後、がれきと土しかない茶色の世界だったそうです。「ここに色がほしい。人の気配がしないのは、あまりに寂しい。だからこそ、花を植えようと思いました。」

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自分を育ててくれた町が『消えゆく町』となっていくのは悲しい。「ここで花を植えたり、ちょっとでも人が動いているなら、町は生きているんじゃないか。この土地を捨ててはいないと、誰かが気付いてくれると信じていました。」と話す徳水さん。

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「ここに人はいないけれど、お墓があります。ここを訪れた人たちが、足を止める場所を用意したかったんです。」「『ここに住んでくれ』とは言えないけれど、『ここを交流の場にするために、一緒に作ってください』と、お願いしています。」徳水さんの語りかけに、子ども達は真剣にうなずいていました。

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園芸の専門家やボランティアなど、応援する人たちがどんどんと増え、英国風のガーデンが今も作り続けられています。

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現在、雄勝地区の住民は、震災前の約2割ほどの人数です。人口が激減したこの地区で、雄勝のまちづくりに関わっている、10代の女性、藤本 和(のどか)さんのお話も聴きました。藤本さんは、この春から、雄勝にある複合体験施設『モリウミアス』で働いています。

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藤本さんは震災後、学校で『未来のまちを作ろう』というテーマで雄勝のまちを考えたそうです。子ども達は、東京ディズニーランドなど、人を呼べるものがあれば復興になると思っていました。

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ところが、保護者に聞いたところ、未来の雄勝に必要なものは、病院や学校、住める所や仕事場だったそうです。

まちづくりを見直した藤本さん達が考えついたのは、『1日いても退屈しないまち』~そこには、みんなが安全に暮らしていくのに必要な施設、今ある森林公園や桜並木、貸農園などが広がっています。

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藤本さんが自分の進路を考えた時、「世界を見てみたい、雄勝に残りたい。」という、全く違う選択肢があったと言います。その中から、「まちを机の上で考えるより、自分達の力で作ろう。」と、モリウミアスに勤めることにした藤本さん。

「みなさんが自分の地域を好きだったら、ちょっとだけ、5年後のまちのことを考えてほしいと思います。まちのことを考える人がいなくなれば、まちは消えていきます。」

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5年後の小国はどうなっているんだろう…少しでも私達が考えることで、小国の未来も変わってくるかもしれません。

お話のあとは、子どもも大人も一緒になって、ガーデン作りのボランティアを行いました。地域の大人とこんな風に活動することがない子ども達にとって、新鮮な体験だったようです。この日みんなで作ったオベリスクは、中庭に置かれ、そこにバラがつたい、アーチができるはずです。いつかまたその風景を、多くの方達と一緒に、見に来たいと願っています。

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この後、<東日本被災地視察交流会>で感じたことを、みんなで出し合いました。

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雄勝の食文化を発信している『おがつスターズ』さん特製のお弁当をいただいたあと…

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バスは小国へ向かいます。

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<東日本被災地視察交流会>では、たくさんの方にご参加いただきました。また、コーディネートをしてくださった(公社)みらいサポート石巻の藤間さんはじめ、東日本のたくさんの方にお力を貸していただきました。本当にありがとうございました!!

(報告者  山田・佐々木)

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