東北地方太平洋沖地震で被災された皆様へ 心よりお見舞い申し上げます。

 この度の震災の甚大さを目の当たりにし、私ども山古志地域住民も同じ痛みを

知るものとして、全地域をあげて支援を継続してまいります。

 山古志は平成16年10月23日に発生した中越地震で、全村避難を強いられ

世界中から届くご支援に支えられながら、3年間の避難生活を乗り越え、

今は念願であった山古志での生活を再開しています。

 復旧・復興の道のりは長く、厳しいものになるかもしれません。

それでも、山古志が被災地・被災者にとって、少しでも希望の光になれるよう、

最後の一人が元の生活を取り戻せるまで支援を継続いたします。

 山古志住民会議では、これまで義援金・物資・炊き出しなど微力ではありますが

支援をさせていただきました。

■3月16日(水)~17日(木) 宮城県栗原市役所へ向かい情報収集をすることで、

被害のもっとも大きい南三陸町災害対策本部へと足を伸ばし、物資を提供することができました。

■3月20日(日) 宮城県南三陸町 歌津中学校避難所へ物資搬入と

炊き出しで伺いました。

e694afe68fb4-001

img_0070

img_0122

img_0127

img_0168

p2011_0320_154345

現在、山古志地域では住民からの『何か支援がしたい』という要望に、義援金や

新しい肌着、靴下、タオル、他にお米や毛布など自分にできる範囲の支援活動が

おこなわれています。

当時、お世話になったことは誰一人忘れてはいません。

とてもありがたかった記憶と、うれしかった想いが住民の気持ちを駆り立てたのでしょう。

現在も、少しずつではありますが『住民の想い』が集まってきています。

■3月27日(日) 南三陸町 歌津中学校避難所へ

3度目となる支援物資搬入です。
e4bc9ae8adb0-0512

甚大な被害の広さに支援場所の検討もおこないました。

そして地域をしぼり、息の長い継続的な支援を選択し南三陸町となりました。

私たちができること・・・

始まったばかりの支援活動は、まだ細い糸のような状態です。

今後継続していくなかで、徐々に安定した糸となり被災地への支援が潤滑におこなえ

るよう努めてまいります。

そして、一日でも早い復興につながりますよう願っています。

 

      負けるな! 東北魂!

            つなげ! 山古志魂!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

  1. 山古志ファン より:

    山古志の支援活動がやっと見えてきました。
    中越地震で日の目を浴びた地域として、さっぱり支援の様子が伺え知れなかった今まで、少し薄情な地域と言う見方で捕らえていました。

    地道な活動も山古志らしさだと思いますが、こんな時はいち早く山古志という名前を出してほしかったように感じます。

    これからの長い支援活動に期待しています。

  2. 山古志サテライトスタッフ より:

    山古志ファンさん

    コメントありがとうございました。
    山古志地域住民も、世界中からのご支援を決して忘れたわけではございません。
    今回の甚大な被害に対して、小さな山古志からの支援は本当に微力にしかすぎません。
    出来ることを山古志らしく、息の長い支援を継続的におこなって行きたいと思います。
    今後は、山古志が受けた温かい支援と同じように、被災地のみなさまにお届けできるよう取り組んでまいります。
    これからも山古志をよろしくお願いいたします。

コメントをどうぞ